ラフの重要性

 音楽にしても絵にしても、どうしても直感で作業してしまう癖は直しておきたい。

なぜならなにか時間の無駄が多いから。

今までこの直感的な部分で大枠だけイメージしていきなり線画にいってしまったのだが、大ラフとラフをはさむことにした。↓1個目の絵は3ヶ月前の線画のみ(黒潮)で、2個目の絵は昨日描いたラフ画。

重要な事は、線画をきっちり決め込んでいく画風の場合は、ラフ画をはさんで迷い線の曖昧さをできるだけクリアした段階で線画に臨んだ方が、トータルでは効率が良く結果も良い様に感じる。当たり前のことかもしれないが。

これからは大ラフとラフ画を挟んでいきたい。

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線画のみ(黒潮)

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ラフ(弥生or卯月)



 

名前について悩む

考えてひねり出したこのペンネームだけど、元々は提督の名前でけっこうな炎上したこともあり、創作二次ベースの活動はしたくないのでサークル活動としては提督の名はいずれ封じるとして、DTMサイドのニックネームもあるため、それらをどう使い分けるか・あるいは統合するか悩ましい。

MUSIC→もしち

イラストレーター→櫻雷七

この流れを基本としたい。

筆ペン提督の名はどうするか・・・まあまだ答えを焦らなくてもいいか

大爆死の洗礼

自分の中では満を持して出した第1作目でしたが、結果は大爆死の様です。

デジ同人のネット販売は初動のタイミングと勢いがピークというのが通例なので、そこから見るとまず大爆死という洗礼を受けたことになりました。。

ほぼなかったことにされているというか無視されているというか・・・

DLsiteのお気に入り数が34、売れたのは1点のみ・・・

はじめはこんなもんなのでしょうかね・・・

むしろここからが戦いのはじまりですね。

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影の描きかた①

具体的な描き方にも気づいたことがあれば描いて行く。

下のように、肌にシャツの影をつける時の表現として、

ただの影の方はシャツのラインだけだが、光源から逆方向に向かってぼかし筆の径のグラデーションをつけることによって表現の幅が広がった。

ただし注意しなければならないのは、情報量が増えることによって芸術性は高まるかもしれないけれど、記号としてのわかりやすさは損なわれる危険性もある。

ただの影のほうはいわゆるアニメ塗りだが、イラストの方向性によってはこちらの方が良い場合ももちろんあって使い分けたい。

 

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絵が先かシナリオが先か

卵が先かにわとりが先か。

描きたい作品と描きたい絵。

具体的なプロットと脚本がなければ使う絵が浮かばない。

具体的な絵柄がなければ物語のカラーを出せない。

両方があり得る事象だが、わたしの場合はなんとなく初期段階で描きたい世界の絵が何枚かあったら、まずそれを描いてみて、その絵から脚本をつむぎ出し、場面場面で絵を当てはめていくスタイルが合っているのかなと思った。

引き出しと倫理観

R-18・全年齢対象問わず、過去に自分が購入した同人誌やまんが雑誌、さらにディジタルデータを見ながら自分の作品に合いそうな絵をピックアップして参考にする。

界隈ではパクリ・トレース疑惑などで大物作家さんが槍玉に挙げられているが、本来過去の名作や写真などにインスパイアされることは創作者であれば誰でもあることであり必然である。

過去の偉人の作品に対して感動し、認め、それをさらに自分で改良して自分のものとする。したい。これは人生のテーマと言っても良い。

だがひとつ許せないことは、これをその分野での素人が叩き出すのはまだ百歩譲るとしても、当事者同士でもない第三者の作家自身で言い出す者がいたことだ。

もちろん言論の自由はあるが、私は断言したい。そういうことを言い出す作家は間違いなく創作者として、の前に、人間として未熟である。

その未熟の具体的意味は、嫉妬と日本人の根に深く残る中途半端な正義感である。

事象であげるならば、トレースするのでなく模写で寸分たがいなく線画や塗り絵を描けるとしたならばそれはとんでもなく高度な技術である。未熟な者はそうしたことが起こりうることさえ想像できない。知らない。自分の腕の未熟さ故に。

さらに中途半端な正義感・・・これは日本人が戦後に受けてきた悪い教育の最たる部分だ。楽して報酬や良い結果を得ることに抵抗があるのだ。

苦労は買ってでもしろ、などという言葉がある。過剰な倫理観と正義感という視点ではそれが悪い意味になる。他人が活躍することが不安であり嫉妬する。これは誰でも心理上日常で起こりうることだが、人間がある程度できていれば許容する力が大人にはある。だが未熟な者にはそれができないのだ。自分が出来ないことを人が実現しているところを見てしまう・他人の活躍に嫉妬する。それはわかるが、そこでネガティブパワーを発揮しても何も良いことはない。

WINWINの関係を築くことが賢い者の選択だ。良いとこどりをして自分のものにしたい。職人の熟練度や創作者のスキルアップは猿真似からはじまって試行錯誤と客観視によって進歩する。未熟な者にはそれがないためネガティブな感情を消化できないのである。